実は、山谷生まれだった「山下清」 

三越本店催事場で「山下 清展」開催中!

 もう一年半以上も前になるだろうか、インターネットで『ほていや』のページを見たという愛媛県の男性から予約の電話が入った。上階の両隣に部屋がない一泊2,800円の中洋室タイプが気になったそうで長期で借りたいということだった。
 東京に長期の講習会があり、その講習に出席するのが第一の目的だった。タダで寮のような部屋も借りられたらしいが、無呼吸症候群の持病の気があり、相部屋だとイビキの爆音で同室の人に迷惑が掛かることから中洋室を望んでいたことを明かしてくれた。

 ↓ 山下清展のチケット半券
山下清展のチケット
山下 清展

 彼の職業は学校の先生。学校では英語を教えているという。数え切れない程宿泊施設がある東京で、なぜ『ほていや』を選んだのには、安いという以外に山谷周辺の歴史にも興味があったと教えてくれた。1階の待合室で夜間PCを開いている先生がいる度に山谷の歴史や埋もれた地域資源をレクチャーしてあげた。
 「エレキテルの墓がなぜ山谷にあるのか?」や『ほていや』から1㌔程の場所に明治6年まであった刑場(お仕置き場)の「最後の斬首刑者が毒婦と呼ばれた高橋お伝」で南千住回向院に墓があることなど…。
 ある晩、先生から「山下 清」は山谷の生まれなんだってねぇ」と切り出されて僕は閉口した。2000年前後から本格的に一般旅行者を泊め始める前は、特定多数の単一の客層、建設作業員のおじさんたちを長期に泊めていたので、山谷の歴史などお客さんと話したりしたことは稀だった。それが近年内外の一般旅行者を泊めるようになってからは、お客さんが運んできてくれた地元の情報から逆に山谷の魅力に気づかさせられることが多い。
 
 山下清が山谷生まれだということを先生はテレビ東京の人気番組「開運!何でも鑑定団」で知ったという。信じない僕に、先生はすかさず自宅から持参のPCで、“Wikipedia”から山下清の来歴を見せてくれた。

 山下清は1922年(大正11年)に『ほていや』から数百メートルも離れていない場所、東京市浅草区田中町(現在の台東区日本堤)の大橋家の長男として生まれ、偶然にも陸軍記念日という縁起の良い日であったことから周囲は大変に喜んだそうだ。貧しくも幸せな家庭は、半年後に起きた関東大震災で被災、すべてを失った家族は父の故郷新潟へ。清は、父の故郷で重い消化不良がもとで闘病三ヶ月、その後の後遺症から軽い言語障害と知的障害を患ってしまうという不運が重なる。

 ↓ ソニコン ロケットととその貼絵はテレビ東京の「開運!何でも鑑定団」で鑑定された
山下清の貼絵とソニコン ロケットの鑑定

 前出の「何でも鑑定団」では、ブリキの玩具で世界的に有名な「増田屋」のソニコン ロケットとその空に浮かぶロケットを描いた貼絵の二点が番組に出されていたそうだ。その鑑定額は両方で、何と620万円だったとか。

 増田屋とは台東区の蔵前にある「増田屋コーポレーション」という会社のことで、1724年(享保9年)、春日局の末裔である斎藤林兵衛氏によって創業された老舗だ。
 ブリキの玩具は、昭和の日本の人気輸出品だったもので、今でも海外で骨董品として扱われ高値で取引されている。CSの「ヒストリーチャンネル」の人気番組「アメリカお宝鑑定団」(原題=PAWN STARS)では、時たま増田屋の玩具が番組に出てきて、ラスベガスの24時間営業の質屋で高い値で買い取られているのを見る。
 増田屋と取引があった貿易会社の紹介で、おもちゃが大好きだった縁で、清は輸出製品のショールームへ何度も通っていたそうだ。その時、当時としたら画期的なおもちゃ、笛の音で方向が変わる「ソニコン ロケット」をとても気に入ったそうで、帰り掛けに別の玩具十数点と共に増田屋からプレゼントされたそうだ。清自身が笛で操縦する空想の世界を描いた貼絵は、玩具をもらったお礼にと後日増田屋へ寄贈されたものだったそうだ。

 ↓ 増田屋の輸出品のショールームで担当者から玩具の説明を受ける山下清
増田屋のショールームで遊ぶ山下清
白黒写真の右下に見える“ラジコン・バス”は、僕がいろは会商店街の行き付けの ↑
おもちゃ屋に58年前頃から誇らしげにショーウインドウに飾ってあった。その世界初の
ラジコン・カーの玩具が欲しくて々何度も山谷の商店街へ通った思い出がある。

 ↓ プレゼントされた玩具のお礼にと、後日増田屋に寄贈された貼絵の作品

ソニコン ロケット(貼絵)

 1926年(大正15年)清4歳の時、震災から復興し始めた山谷に戻ってきた家族は、6歳の時に清を石浜小学校(現清川1丁目)へ入学させる。まもなく自宅から程近かった正徳小学校(蓬莱中学校の前身)が改築されたことから転校することになる。その後、清の良き理解者の父が他界、母の再婚から山下姓になるもすぐに離婚。母子家庭になってしまう。
 この頃の正徳小学校は、特殊学校「玉姫」時代とは異なり、普通学級になっていて、言語に障害があったことから周囲から繰り返し理不尽ないじめを受ける。同世代の子供たちとも馴染めない清はついには学校内で傷害事件を起こしてしまう。
 母は決断、一般の学校から千葉の八幡学園へ入園させる。このことが“ちぎり絵”(貼絵)との運命の出会いとなる。その後度々学園から抜け出す“放浪癖”は、期間が数年にわたる時もあったが数々の貼絵やペン画などの名作を世に残した。

ミニ ソニコン ロケット
 ↑ 展覧会の出口の売店で買った山下清のお気に入り「ソニコン ロケット」
   このミニサイズのレプリカは、孫へのお土産になった


 清の放浪の旅のエピローグは意外なところから始まった。1953年(昭和28年)、アメリカのグラフ誌「ライフ」の特派員記者が「天才少年」を求めて来日、清を探し始めた。翌年、朝日新聞に捜索記事が掲載され、放浪先の鹿児島で高校生に発見され“逮捕”、実家に連れ戻される。東京タイムズに「放浪日記」が連載されるなど全国的超有名人になっていって、世間は事実上清が放浪の旅をするような環境ではなくなっていた。自ら「放浪を辞める誓い」をたて、同年、15年間に及ぶ放浪生活に終止符が打たれる。

 なお、今回の「山下 清展」では、放浪の旅で着ていた着物や愛用のリュック、絶筆になったしおりなども展示されていた。


生誕90周年記念「山下 清」展
〔開催期間〕 2012年12月27日(木)~2013年1月14日(月・祝)
〔場  所〕 日本橋三越本店 新館7階ギャラリー
〔時  間〕 午前10時~午後6時半(午後7時閉場)
(※)最終日は、午後5時まで(午後5時半閉場)


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