「新年の風物詩」箱根駅伝を見よう !! 

【 箱根駅伝 】のスタートとゴールを見よう

 「新年の風物詩」各大学のランナーが伝統の襷(たすき)をつなぐ第94回東京箱根間往復大学駅伝競走、通称名「箱根駅伝」。東京・大手町から神奈川県・箱根町にある芦ノ湖畔までを結ぶ往復217.1kmの筋書きなきドラマ。二日間に及ぶレースの感動のフィナーレ。優勝チームの歓呼のゴールと各大学のシード権(総合上位10位まで)争いを都心大手町で手軽に、それもタダで楽しめる。

箱根駅伝


〔日 時〕 平成28年正月
〇 1月2日(火)⇒ 朝の8:00スタート
〇 1月3日(水)⇒ 昼過ぎ頃ゴール(先頭到着予想期間=13:30前後)

〔場 所〕
東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞新社屋の周辺
「東京駅」丸の内北口⇒日比谷通り方向へ徒歩数分(東京駅新駅舎から程近い距離です)
(※) 『ほていや』から徒歩1分の「清川二丁目」バス停から東京駅八重洲口行きの都バスへ乗って終点で降りれば簡単にアクセス出来る。
〔駅伝のコースルート〕
〇 (往 路) 大手町(スタート)⇒ 芦ノ湖
〇 (復 路) 芦ノ湖⇒ 大手町(ゴール)
(※) コース総距離は、以前の217.9kmから現在の217.1kmに変更になっている。


 全コース10区間で争われるこの長距離ロードレースは、「消えたオリンピック走者」の異名を持ち 54年8ヶ月6日と5時間32分20秒3 のオリンピックフルマラソン公式最遅記録保持者「金栗四三」氏の発案で、自己のオリンピック失敗経験から日本の若手ランナー育成のため考えられた米国大陸横断レース構想にさかのぼるのだという。
 1920年(大正9年)に僅か4校の参加チームから始まった箱根駅伝は、今や新春恒例の大人気イベントとなっている。


(※) 沿道での応援に関するお願い

① 脚立を使っての応援は禁止されています。
② ガードレールや橋などに横断幕や旗、のぼりなどをくくりつけることは禁止です。
③ 自動車やバイク、自転車などによる応援は禁止されています。
④ 車道上の応援、または歩道から身を乗り出しての応援は絶対にお止めください。


〔 箱根駅伝公式サイト 〕
PC= http://www.hakone-ekiden.jp/ です。


〔 大手町周辺の交通規制図 pdf 版 〕
http://www.hakone-ekiden.jp/pdf/94_TrafficCtrlTokyo.pdf


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ほていや⇒交通アクセス
● 東京メトロ日比谷線「南千住駅」南口より徒歩8分
● JR常磐線、つくばエクスプレス「南千住駅」徒歩9分
● 都バス「清川2丁目」下車すぐ!
● 台東区循環バス「めぐりん」北めぐりんの東浅草二丁目より徒歩2分

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【 箱根駅伝とは - 歴史 - 】 箱根駅伝公式サイトより

箱根駅伝が誕生したのは、大正9年(1920年)、今から90年も前のことである。
創設の原動力になったのは、マラソンの父として知られる金栗四三らの「世界に通用するランナーを育成したい」との思いだった。
金栗は、東京高師の学生時代に日本が初参加した明治45年(1912年)のストックホルム五輪にマラソン代表として出場したが、途中棄権に終わり、失意のまま帰国した。

そうした中で、大正6年(1917年)に日本で初めての駅伝となる「東京奠都五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」が、京都三条大橋と東京・上野不忍池間で行われた。
読売新聞社が上野で開く大博覧会の協賛イベントとして企画したもので、京都~東京516kmを23区間に分け、三日間、昼夜兼行で走り継ぐ壮大なたすきリレーだ。
東西対抗で行われたレースは、大成功を収め、これが箱根駅伝の”原型”となった。

「東海道駅伝」の成功に意を強くした金栗らは、大学や師範学校、専門学校に箱根駅伝創設の意義を説いて参加を呼びかけ、早大、慶大、明大、東京高師(現筑波大)の四校が応じたというのが、創設のいきさつである。
第一回大会が「四大校駅伝競走」の名称で行われたのは、こうした事情によるものだ。
箱根駅伝の創設は、当時のスポーツ界のパイオニアたちの果てしなきエネルギーが実を結んだものでもあった。
当時は、多くの犠牲者を出した第一次世界大戦が終わったばかり。
工場地帯が次第に西に延びて、大動脈の東海道も道幅が広がった。
スポーツ界にも、こうした時代の空気を反映して次第に「やってやろうじゃないか」という挑戦心と気概が満ち溢れつつあった。


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