寄せ場用語の基礎知識 (東京・山谷編) 

◆ 寄せ場で使われていた言葉の意味 ◆



 焼野原となった戦後の東京。その復興を、表舞台ではなく陰から、それも危険な重労働で支えた山谷の日雇い労働者たち。後に、都市基盤インフラ整備の高度経済成長期と呼ばれた時代からバブル経済崩壊までの長い間、至る所で地味な活躍をしてきたのが寄せ場のおじさんたちだった。

 近年、建設需要の急低下や急激な産業構造の変化などから日雇労働市場が形だけになってきて、寄せ場機能自体も失われつつある。現代の労働者は、PCやスマートフォンなどの携帯端末などや就職情報誌から職を求める人材派遣会社の登録者となり、個別に労働を求めることで寄せ場の求心力も共同体意識も薄まり、結果山谷から“寄せ場のおじさんたち”と“寄せ場文化”が失われてきているのが現状だ。近い将来従来型の宿の商圏(パイ)は、確実に先細りになることが予想されている。そこで今回のこのページでは寄せ場のおじさんたちが山谷で日常使っていた寄せ場用語の意味を紹介します。



【寄せ場用語 山谷編】
「山谷」
⇒山谷(さんや)という地名は、とても古く、徳川家康が江戸城に入城する前には「山谷村」としてすでに存在していたという。かつて、「山谷」と称していた地域は、現在の今戸一・二丁目と東浅草一・二丁目及び日本堤一・二丁目の東部と清川一・二丁目の西部にわたり大変に広かった。
明暦3年(1657年)、振袖火事の後に吉原遊郭が北部浅草へ移って来てからは、山谷の環境は一変した。正徳3年(1713年)、それまで山谷村と呼ばれていたのが山谷町となり町奉行所の管轄になる町方と郡代支配の地方とに分けられていた。しかし、浅草町と呼ばれた時代もあったり、時代々によりその示す範囲と町名も変遷を重ねていった。
山谷地域の、特にその東側の隅田川沿いは風光明媚な土地柄だったため、お大尽や風流な趣を好む文人墨客が別邸を構えるような場所になっていった。昔の山谷堀流域には沢山の料亭や船宿などがあって、文化サロン的な場所でもあったという。その後、明治44年(1911年)の吉原の大火始め、大正12年(1923年)の関東大震災と昭和20年(1945年)の東京大空襲と、実に34年間に三度も焼野原になる度に、山谷は復興するための労働力の骨休めの場所として寄せ場的な色合いも生まれていった。
今は山谷という住居表示はないが、かつて簡易宿所など日雇い労働者のための施設が数多くあった場所を、行政が区割りをして“山谷地域”と現在も呼んでいる。その範囲は、台東区側(0.69 k㎡)は、清川一・二丁目、日本堤一・二丁目、東浅草二丁目、橋場二丁目で、荒川区側(0.97 k㎡)は、南千住一・二・三・五・七丁目で、合計1.66 k㎡の広さになる。なお、隣接する南千住駅は、南千住四丁目なので山谷地域には入らない。最近のテレビなどのメディア報道でいう山谷とは、概ね泪橋交差点周辺のことを言っていることが多い。
「ヤマ」 ⇒“ヤマ”とは、山谷の別称。日雇い労働者などが街の愛称として使い、またある時は否定的な意味をも含めて呼ぶ場合もあった。
「ドヤ」 ⇒宿(やど)の逆読みした俗語で、日雇い労働者向きの簡易宿所や共同住宅のことを意味し、否定的に言う場合が多い。
「簡宿」 ⇒“カンシュク”とは、旅館営業の許可施設の中の「簡易宿所」のことを略して呼ぶ言い方で、昔の名前の木賃宿が社会通念上好ましい名称だとして、昭和六年に木賃宿の組合が「簡易旅館」と呼び方を改めた。
東京では東海道、中山道、日光街道、奥州街道などの街道の、江戸に入って来る入り口のところに安宿屋が構成され、終戦後戦争罹災の仮の収容施設になった歴史から高度成長期にそれぞれの地域で簡宿街が膨張した。台東保健所の説明によると、「簡易宿舎」、または「簡易宿泊所」などという呼び方はマスメディアから広まったマスコミ用語とのこと。
「寄せ場」 ⇒災害や飢饉から犯罪が横行した江戸後期、その江戸の危機の時代に活躍した“鬼平”こと長谷川平蔵が考案した自立支援施設「人足寄せ場」の名を卑下してもじった言い方。ヤクザの隠語を連想することなどからマスコミでは使用に適さない用語に入るらしいが、今風に分りやすく言えば、日雇い労働のおじさん達の“就活”の場だろう。現在の山谷では、日雇い労働市場とその関連する業種が集まる街、またはその地域を指している。
「アサケイ」 ⇒警視庁浅草警察署の名称を端折って否定的に呼ばれていた言い方。
「マンモス」 ⇒広辞苑によると、マンモスとは更新世に生息した巨大ゾウの意味で、転じて「巨大な」という意味となったということだが、山谷では山谷通り(吉野通り)に面した大交番を指す。昭和35年(1960年)7月1日「山谷文庫」の跡地に出来た、当時の正式名「浅草警察署山谷警部派出所」といった大交番(通称=マンモス交番)のこと。鉄筋コンクリート造り三階建て延べ床面積100㎡、警察官の定員55名。二ヶ所の取調室も備わっていた当時日本最大級の交番は、昭和30年代後半頃から山谷の権力の象徴として度々騒動屋からの攻撃対象となっていった。そして地元山谷では何時しか「マンモス」と言えば山谷の大交番の代名詞となった。大交番は後に警視庁唯一の地区交番「山谷地区派出所」となって80m程浅草へ寄った場所に移設された。平成20年(2008年)には普通交番に格下げ、「日本堤交番」と改称され現在に至っている。
「ポリコウ」 ⇒警察官(おまわりさん)を蔑視した呼び方。当時の騒動屋たちのアジビラには、山谷での権力の象徴として、「アサケイ」・「マンモス」・「ポリコウ」と三点セットで書かれることが多かった。
「センター」 ⇒かつて東京都の出先機関であった旧「東京都城北福祉センター」と旧「財団法人山谷労働センター」との二つの機関を一緒くたにして略した言い方。平成15年(2003年)に一体化改称し、現在は「公益財団法人城北労働・福祉センター」とひとつの法人になって本館は台東区日本堤2丁目に、分館は荒川区南千住3丁目にそれぞれある。
「山谷通り」 ⇒荒川区側のコツ通りの一部から泪橋交差点を超え、台東区側の吉野通りまでの特例都道のことを指し、正確には、山谷地域のエリア内を走る東京都道464号言問橋南千住線のことをいう。文禄3年(1594)千住大橋の架橋後は、江戸の五街道のひとつ「奥州街道」(奥州道中・陸羽街道とも呼ばれた)として現山谷地域北部の千住宿南組から南部の浅草山谷町から三ノ輪に掛けて宿場町として栄えた。昭和30年代の高度経済成長期の始まり以降は、山谷通りは泪橋交差点周辺に毎朝数千人の日雇い労働者が路上に集まる労働市場(日雇い労働者の就活の場)の中心となった。
「泪橋」 ⇒江戸の昔から、浅草縄手(旧奥州街道)の思い川(別名=駒洗川)に架かっていた橋のことで“涙橋”と書かれることもあった。明治期まで“南千住駅前歩道橋”近くにあった小塚原(こつかっぱら)のお仕置き場(刑場)へ引かれる罪人が、今生の別れで渡る橋だったが、大正12年(1923年)頃に埋め立てられ橋は現存しない。現在は山谷通り(吉野通り~コツ通り)と明治通りと交わる交差点名として、また山谷の安宿街の中心点として広く知られ、山谷を舞台とした漫画「あしたのジョー」が繰り返しアニメ・実写版の劇場映画として公開されたり、テレビ東京の人気情報バラエティー番組で紹介されたことから再び注目されることになった。
「ニコヨン」 ⇒「ニコヨン」とは、昭和20年代の中ごろ、日雇い労働者が職業安定所からもらう定額の日当が240円(100円を「一個」として240円を二個四⇒ニコヨン)であったことからそう呼ばれた。その後、日雇い労働者そのものを呼ぶ別称となった。現在は、テレビなどマスコミでは差別的な用語として使われなくなった。
「デズラ」 ⇒日雇い労働に対する対価である日当の額。
「ピンはね」 ⇒労務の成果である報酬を搾取すること。バブル期頃の山谷では、役人から紹介される日当より、なぜか手配師のピンはね後のデズラの方が高かったという。
「ケタ落ち」 ⇒賃金が極端に低かったり、または通常の相場からかけ離れた労働条件の仕事場、または飯場などのことををいう。語源は「桁落ち」からきたと言われているが、技術の程度が低い病院も「ケタ落ち」と呼ばれることがあった。
「日払い」 ⇒当日の労働に対して一日単位に現金で支払う約束になっている日当の支払い方法。
「現金」 ⇒“現金仕事”つまり、日々現金で支払われる日雇い労働の条件のこと。
「出張」 ⇒世間一般で使う、会社員などが用務のため勤務先以外の所に出向くことの意味ではなく、日雇い労働者が寄せ場を離れ、一定期間飯場などに寝泊まりしながら仕事をすることの意味。出張のことを“契約”という場合もある。日本型の労働市場は、“出張先”から“寄せ場”に骨休めに帰ってきてお金が続くまで滞在し、現金仕事がなければまた出張と、二つの場所を繰り返しピストンしながら生活するというパターンが特徴といえる。
「コマワリ」 ⇒金銭的な条件はそのままで、天候の急変などにより現場仕事が短く終わったり中止になったりして通常より早く終業すること。
「ケツワリ」 ⇒労働者側から労働契約を途中で解約する行為。朝鮮語の逃亡を意味する言葉「ケッチョガリ」から転訛したのが有力らしく、かつて炭鉱労務者が過激な労務から逃れて職場放棄したことから広まった言葉のようだ。南千住駅の周辺は、元々常磐炭鉱からの貨物基地で、石炭やコークスなどの化石燃料の集積に大勢の日雇い労働者が従事していた。山谷でこの言葉が使われていた理由はここにルーツがあったらしい。
「トンコ」 ⇒労働契約を一方的に解約して、意思表示もなくいなくなること。トンズラとも言われた。
「テモト」 ⇒片付け仕事や荷物運びなど技術の必要のない労働のことを言った。
「手配師」 ⇒公共職業安定所(ハローワーク)を通さず、直接雇用主に労働者を斡旋することを業としている者。その斡旋する仕事のことを“人夫出し”と言った。
「特就」 ⇒減少し続ける民間事業者の日雇い求人を補うため、東京都が実施する特別就労対策事業のことを略した言い方で、満55歳以上を対象に、登録者に、公園等の清掃や除草作業等を輪番制で紹介している事業のことをいう。
「越年相談」 ⇒毎年年末の12月29日に台東区リバーサイドスポーツセンター等に東京都の設置した臨時相談所で実施する、年末・年始の宿泊や医療相談の事業のことをいう。山谷地域を離れ、東京都が管理する寮のような宿泊援護施設で越年、越冬すことを寄せ場のおじさんたちは「宿泊」と呼んだ。
「求職受付票」 ⇒通称ダンボール手帳とも呼ばれるカードのこと。日雇いの仕事の紹介を受けるために、労働出張所へ求職申込みを行った時に発行されるこのカードでは、仕事の紹介は受けられるが、アブレ手当の受給は受けられない。しかし一定の要件を満たすと白手帳の交付を受けられる。
「白手帳」 ⇒日雇いの労働保険(雇用保険)「日雇い労働被保険者手帳」を略した言い方で、手帳所持者は、就労日数等の要件を満たすことで失業給付金(通称アブレ手当)の受給資格を得られる。手帳の表紙が白かったことからそう呼ばれたが、他に「日雇手帳」や「センター手帳」などの呼び方もあったらしい。
「アブレ手当」 ⇒日雇いの労働保険加入者が、一定の条件を満たすことで受けられる日雇いの失業保険手当(日雇い労働求職者給付金)。
「オケラ」 ⇒元の意味は、バッタ目ケラ科の昆虫の螻蛄(けら)のことで、そのバンザイをしているかのような虫の正面の姿から、転じて“無一文”で「お手上げ状態だ」という意味として使う。寄せ場のおじさんたちはバンザイの仕草をしながら使った。
「オケララーメン」 ⇒煮るタイプの即席麺のこと。食費が貧しい時に食べる経済的な即席麺の食べ方で、具なしの即席麺を鍋で複数個煮ることが多かった。
「オケラ街道」 ⇒競馬で負けたギャンブル好きの寄せ場のおじさんたちが、浅草の場外馬券場から徒歩で山谷へ戻るルートのこと。千束通りを通り、吉原の風俗街を避け日本堤消防署の辺りを抜けるこの一般的なルートは、その昔、浅草の観音様から新吉原へ徒歩で向かった遊客の通い道と道筋が似ていたらしい。
「アオカン」 ⇒山谷における「アオカン」の意味は、宿に泊まるお金がない時、または門限を過ぎるなどの理由から宿に泊まれなくなった時に路上で過ごすこと。語源は“青空簡易宿泊所”の略など諸説ある。
「泥棒市」 ⇒かつて玉姫公園内で毎朝開かれていた朝市を指すが、日本の大きな寄せ場には似たような市が必ずといってもいいほど立つ。現在では、玉姫公園周辺の路上で、夜な夜などこからともなく露店が集まり出し、多い時には40店舗以上も集まることも。暗黙の近隣協定のようなものがあるらしく、朝7時頃には露店は撤収していなくなる。最近は山谷に泊まりにくる旅行者が掘り出し物を求めて訪れることも。
「タコ部屋」 ⇒暴力飯場のこと。出張で契約期間中は、飯場という寮のような場所で生活することが多いが、中には暴力的な対応を取る飯場もあったという。粗悪な食事や必要経費と称して異常に高い経費を天引きされ、結果給料が残らなかったり、中には逆に債務として請求される事態もあったという。
「半タコ」 ⇒意図的にトンコに誘い込み、それによって、すでに労働した分の賃金を支払わないなど“タコ部屋”に近い飯場のことを言った。
「モガキ」 ⇒この言葉は、酔っ払いなど無抵抗な者を周辺にはケンカなどと見せ掛けて金品を奪うことをいう。路上に寝ている者の介抱を装って財布などを抜き取る介抱ドロなども「モガキ」に含まれる。浅草警察署によると、物取りに囲まれた被害者が、本能的に身体をもがく動作から生まれた言葉だと言われている。関西の方では、被害者の身体をなでるような行為から「アンマ」と呼ばれるらしい。同じ種類の犯罪行為でも、東西でまったく違う発想の言葉になっていたのは興味深い。
「フクシ」 ⇒生活保護の受給のこと、またはその受給を受けている者のことを言う。
「フクシ宿」 ⇒主として一般旅行者を泊めている宿泊施設(一般宿)に対して、主に生活保護世帯主を泊めている宿のことを言う。
「山谷の七不思議」 ⇒かつて浅草警察署のおまわりさんが、山谷の街を勤務中に感じた話題を、休憩中の茶飲み話の中で“七つの不思議”として集めたものだと伝えられている。


【 関連ページ 】

「山谷の七不思議」 は⇒こちら

「山谷の町の区画と由来とは」 は⇒こちら

「浅草山谷一・二・三・四丁目の記述」(pdf 版) は⇒こちら

「歩く地図でたどる日光街道 #03 浅草~泪橋」は⇒こちら




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