駿馬塚(東浅草の馬頭観音) 

今も山谷の路地裏で守られている駿馬塚
 
 塚の存在を知らない者なら通り過ぎていまいそうな、間口わずか一間程の狭い路地の奥に「駿馬塚(しゅんめづか)」は祀られている。

 駿馬塚は、平安時代の康平年間に源義家が陸奥征伐の時、この地を訪れた際に、倒れた愛馬「青海原」を葬ったと伝えられる場所で、今でも地元山谷の人たちは、この塚のことを“馬頭観音”と呼び、覆屋を覆って大切に守り続けている。
 この塚の周辺は、かつて街道沿いにあったという大きなお地蔵様、江戸の六地蔵(東禅寺)や、新吉原の伝説の花魁、万治高尾こと第二代目高尾太夫の墓(春慶院)など歴史資源が集まっている。どちらも『ほていや』から歩いても数分の距離にある。


駿馬塚のある路地
 北部浅草にある狭い路地の中に覆屋等を設けて大切に守られている駿馬塚


 【 駿馬塚 】
 駿馬塚は、平安時代の康平年間(1058年~1064年)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬「青海原」が絶命し、これを葬った所と伝えている。
 現存する塚は、明治28年(1895年)造立の石碑や石造層塔の一部を遺すのみだが、天保7年(1836年)刊行の『江戸名所図会』には左の挿絵を載せており、江戸時代後期には土饅頭型の塚や「駿馬塚」と書した石碑が建っていたようである。
 現在、付近の人々はこの塚を「馬頭観音」と呼び、覆屋等を設けて大切に守っている。
 ~平成10年(1998年)3月 台東区教育委員会~


駿馬塚

 駿馬塚の案内板(台東区教育委員会) ↓
駿馬塚の案内板


MOUND OF THE FLEET STEED
This mound is said to be the grave of the beloved horse of the 11th Century samurai Minamoto no Yoshiie who passed here on his way to an expedition to the Tohoku region.
In an illustration from an early 19th Century book,the mound is introduced in this light,and at also provides us with glimpses of the lifestyle of that period.
Presently the mound is carefully preserved through the eddorts of the people in the neighborhood.

所在地= 台東区東浅草2-16-1



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マニアの聖地 南千住駅前歩道橋 

南千住駅前歩道橋は貨物列車マニアの聖地だ!



 一般の旅客列車の路線図や時刻表には載っていない、貨物専用の駅「隅田川貨物駅」は、南千住四丁目の全敷地面積の約50%を占める広大な敷地(22万5000㎡)の中にあり、30本以上もある線路の先には巨大コンテナターミナルがある。
 その貨物列車を入れ替える操作場の線路上をまたぐように架かる跨線橋が「南千住駅前歩道橋」だ。一見どこにでもありそうな歩行者橋ではあるが、貨物列車のマニアたちにとっては聖地と言っていいような場所になっている。

上から見た南千住駅前歩道橋
 ↑ 泪橋側のビルから撮った画像(上)と日比谷線の駅ホームから撮った画像(下) ↓
メトロのホームから見た南千住駅前歩道橋

日比谷線南改札の真ん前が歩道橋の登り口(らせん状のスロープは自転車用) ↓
南千住駅前歩道橋の登り口

 徳川家康が隅田川に初めて架けた橋、千住大橋ができた後は、かつてこの歩道橋の真下が奥州・日光両街道だった。
 自転車用スロープの脇にあるエレベーター乗り場入り口に回ると巨大な首切り地蔵があるが、近くの仙成食堂のオーナー杉山さんによると、明治6年7月の刑場廃止まで近くに小塚原(こつかっぱら)のお仕置き場があったので、この街道を避け三ノ輪の方を迂回する人も多かったそうだ。

小塚原の首切り地蔵

南千住4丁目上空から見た隅田川貨物駅と南千住駅前歩道橋 ↓
南千住の上空から見た隅田川貨物駅と歩道橋

JR隅田川駅のコンテナターミナルを高層マンションから撮った画像 ↓
隅田川駅貨物フェスティバル 全景

JR隅田川駅前の操車場全景と南千住4丁目から汐入に掛けてのマンション群 ↓
JR貨物隅田川駅と南千住のマンション群

明治期の隅田川貨物停車場 化石燃料を輸送するため線路と水路が交わっていた ↓
明治時代の隅田川貨物停車場

「線路と水路が交わっていたのが分かる南千住の古い地図」 は⇒こちら


 ↓ 石炭など化石燃料を積換える線路と水路が交わっていた名残の高床ホーム ↓

唯一隅田川駅に現存する歴史あるプラットフォーム
上の画像は、隅田川駅貨物フェスティバル当日に撮った画像。明治30年(1897年)に開業以来唯一現存する高床ホーム。毎年秋に行われる貨物フェスティバル当日は、一日だけ駅構内が一般に解放され、高床ホーム上では地元仲通り商店街の有志による飲食の模擬店が出店、貨物のイベントも行われる。

 発送・到着方面は、第一位が北海道で二位が東北、三位が新潟方面で、隅田川駅貨物は主に北海道と東北の起点となっている。歩道橋の上からは、入換え専用機関車「HD300形式ハイブリッド」や北日本専用の機関車、EH500形式電気機関車「HCO‐POWER金太郎」などが大迫力で真下を通過して行くのを見下ろすことができる。

貨物フェスティバル当日の周辺 ①
 ↑ 年に一度の隅田川駅貨物フェスティバル時は撮り鉄マニアがキリギリス状態 ↓
貨物フェスティバル当日の周辺 ②

 実は昔は、車輛と歩行者は一緒の踏切を渡らねばならなかった。その時にも歩行者専用の陸橋があることはあったが、踏切の開くのを待つ人がほとんどで橋を越える人は少なかったように記憶している。
 まだ上部に日比谷線が通ってない頃の昭和20年代から30年代では、小さな子どもを連れた親子が蒸気機関車の通過を見に来る真っ黒い煙が舞うSLのビュースポットだった。
 なお、YouTube にUPしている都電22番線の動画の「0:41」の場面を撮った撮影場所が、そのSLのビュースポットだった昔の陸橋だ。

南千住の開かずの踏切
↑ 今の歩道橋ができるまでは「南千住の開かずの踏切」だと嘲弄(ちょうろう)されていた ↓
(下は昭和57年の画像で、線路の下部の自動車専用道のみで歩行者橋は未着工の時)

南千住の開かずの踏切(1982年)

平成23年(2011年)9月20日に念願だったエレベターも完成(当時の新聞記事)
南千住駅前歩道橋EV完成時の記事

また、南千住駅前歩道橋は、安宿街の行き帰りに通る外国人旅行者の通り道だ!
 ↓ 南千住駅前歩道橋を越えスカイツリー方向300m先が安宿街の中心点「泪橋」

南千住駅前歩道橋を渡る外国人たち

真夏のある日、自転車で「南千住駅前歩道橋」の真下を取り過ぎようとした時
山谷の宿をチェックアウトしたばかりのイスラエル人“Backpacker”に声を掛けて… ↓

世界中を巡る山谷の“Backpacker”

 ↓ 耳の不自由なバックパッカーを筆談と身振り手振りで道案内した時の一枚南千住駅前歩道橋の下での一枚

【 鉄道関連ページ 】

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● 「都電22番線の画像 「日本橋」へ向かう車両と「浅草南千住」行きの車両」 は⇒こちら



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千束稲荷神社 初午祭の画像 

「たけくらべ」 所縁の千束稲荷神社 初午祭のお知らせ

千束稲荷神社の全景

 千束稲荷神社 は、第四代江戸将軍「家綱」公の時代、寛文年間(1661~1672)創建とされている神社で、北千束郷の氏神として長くお祀りされていた。
 この「千束」という地名はとても古い地名で、その示す範囲も昔の浅草天王町辺りから千住大橋の際にまで及ぶ広大なもだったらしいが、浅草一円を千束郷と呼ばれていた時代、周辺に上下二社の稲荷社が造られ、その下社がこの千束稲荷神社だった。祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、明治5年に村社に列し、竜泉寺町の氏神になったという。ただし、かつて浅草寺境内にあった上社の上千束稲荷(西宮稲荷)神社の方は現存していないとのこと。

↓ 「商売繁昌の象徴」 蔵の鍵を持つ千束稲荷神社の狛狐
千束稲荷神社の狛狐

↓ 千束稲荷神社の神輿(昨年5月の例祭時に撮影)
千束稲荷神社の神輿

↓ 吉原狐舞の提灯(昨年5月の例祭時に撮影)
吉原狐舞の提灯


 五穀豊穣・家内安全・商売繁昌を願って行われる神事、初午祭(祈年祭)。ここ千束稲荷神社の境内には氏子崇敬者から奉納された地口行燈(じぐちあんどん)が飾られ、地元の子供たちにはお菓子が配られます。 初午祭(祈年祭)は、例年2月の二の午の日に初午まつりが開催され、当日午後4時には初午祭祈願が行われ、境内に掲げられる約100ヶ所の行燈は夕刻から21時頃まで明かりが灯される

 ↓ 千束稲荷神社の初午祭の画像 ↓

千束稲荷神社 初午祭 ①
千束稲荷神社 初午祭 ②
千束稲荷神社 初午祭 ③
千束稲荷神社 初午祭 ④
千束稲荷神社 初午祭 ⑤
↑ 「かかしが わるけりゃ あやまろう (私が 悪けりゃ 謝ろう)」 としゃれた地口絵

 地口とは、ことわざや俗語などに同音または音声の似通った別の語をあて、違った意味を表す「だじゃれ」の類(たぐい)で、江戸庶民が言葉による遊び心を表現したものだった。
 お江戸の昔、稲荷神社では初午縁日に地口を文字にして、それに合わせた絵を描いた地口行燈を境内に飾る風習があったという。本来は凧の絵師が描いていたらしいが、現代では、昔と違って「だじゃれ」の質も変わってきて古い地口の意味が分かり難いことから地口も地口絵の文化もだんだんとなくなってゆく運命にあるという。都内では、このような行燈は千束稲荷神社の外、兼務社になっている吉原神社ぐらいらしい。

 千束稲荷神社と五千円札の肖像で知られる樋口一葉の住居跡地とはとても近く、名作「たけくらべ」では、8月20日の夏祭りの夜、日頃張り合う表町組と横町組の子供たちのケンカをきっかけに物語が展開することからこの神社が所縁の地になっている。なお、境内には、一葉の胸像と日記の自筆碑文がある。

↓ 境内にある樋口一葉の胸像(上)と神社の一角(下)
境内にある樋口一葉の胸像
たけくらべ所縁の千束稲荷神社

↓ 千束稲荷神社の境内にある社務所(授与所) 
千束稲荷神社の社務所

↓ 千束稲荷神社のご朱印(初午祭限定) 
初午祭の時の御朱印

 一方、吉原神社 は、元は、玄徳稲荷(よしとくいなり)といい、場所も大門口の手前、五十間道のくの字カーブのところにあったらしいが、明治5年、新吉原の四隅を囲む「開運稲荷」、「榎本稲荷」、「九郎助稲荷」、「赤石稲荷」四社と共に五社を合祀して創建、総称して吉原神社と名付けられ、その後複数回の火災の後、現在の地に移されたという。


【 初午祭(祈年祭)のご案内 】千束稲荷神社境内にて
● 2017年年2月24日(金) 午後4時から初午祭祈願が行われ、地口行燈が点灯する
● 『ほていや』からのアクセスは、泪橋交差点のひとつ手前の角を左折、道なりに歩き、
国際通りを越えたスグ右手(徒歩約15分)東京電力上野支社の手前

〇 千束稲荷神社の公式HPは⇒こちら
〇 吉原神社の公式HPは⇒こちら
(※)千束稲荷神社の初午祭は、毎年二の午の日に行われるが、吉原神社の方の地口行燈は夜点灯されないらしい(?)



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今戸焼きと丸〆猫(まるしめのねこ) 

今戸焼と招き猫伝説を辿ろう !!

 かつて焼き物の街として栄えた今戸の場所は、山谷地域の東側にあたる橋場辺りから山谷堀周辺のことを言うそうですが、江戸時代の噂話を集めた「武江年表(ぶこう ねんぴょう)」によると、その大川(隅田川)沿いで素焼きの陶磁器を焼くたくさんの窯(かま)から立ち上る煙は浅草北部地域の名所のひとつに数えられていて「本朝陶器攷證(ほんちょう とうき こうしょう)」によると幕末の頃には、陶磁器を製造する家は50軒程もあったといいます。
 安藤広重 の「隅田川八景 今戸夕照」 や歌川広重の「名所江戸百景」でも描かれているように、この場所は江戸時代から屋根瓦や植木鉢、七輪、琺瑯(ほうろう)など等日用生活用品の土器類の地場産業地として戦前まで栄えていた。招き猫などの今戸焼は、瓦焼き職人たちの手慰みから始めたサイドビジネスの焼き物で、本業の片手間に作っていた江戸庶民のための安価な土人形(つちにんぎょう)の民芸品で、“一文人形”とも呼ばれていたそうだ。

 安藤広重 「隅田川八景 今戸夕照」 手前が台東区側で川向うが墨田区側 ↓
安藤広重 「隅田川八景 今戸夕照」

 最盛期の頃の今戸焼の窯の画像 ↓
今戸焼の窯

 明治24年発行の郷土玩具の図鑑「うなゐの友」には、全国から集められた郷土玩具439点が紹介されていて、その中には一文人形の丸〆猫(まるしめのねこ)の絵も納められているという。
 丸〆猫は招き猫の起源といわれていて、その形状は江戸時代の今戸焼製の招き猫独特の「横座り」で頭を正面向きにして招くポーズのものが基本だ。ちょうど野球で右バッターがボールを打つ時の構えに似ている。現在巷で見掛ける正面を向いた「前座り」の招き猫とは確かに違っている。

「横座り」で頭を正面に向くポーズの丸〆猫 (仲見世の助六にて) ↓
丸〆猫

猫のお尻には丸〆の印がある ↓

丸〆猫の印


【丸〆猫 の由来】
嘉永五年のことであった
浅草花川戸に住める一老婆
猫を愛でるが年老いて
貧しい余生を送らんとせる時
夢中にかの猫告げていふ
我がかたちを造らしめ祀る時は
福徳自在ならしめん
⇒ 「1852年のことであった 浅草に住む貧しい老婆の夢枕に飼い猫が現れ、自分の像を造って祀ればご利益があると告げた」
そして「その教えを守りおばあさんは幸せに暮しましたとさ どっとはれ」


他人此の噂を聞きて
今戸焼と称する
泥塑(でいそ)の猫を造らしめ
これを貸す、その店は
浅草三社権現の傍らにありて
この猫を求むるもの夥(おびただ)しい
⇒ 「その噂が広がって、今戸焼で造った猫の土人形が浅草観音脇にある浅草神社の傍らで売り出され大変な評判になったそうな」

 歌川広重 「浄るり町繁華の図」より 新吉原の花魁が丸〆猫を求めに ↓

歌川広重 「浄るり町繁華の図」

浅草観音の堂下にて
販(ひさ)ぐ招き猫
裏面、尾の所に「丸に〆」の印のあるもの
他にこの類(たぐい)なし

⇒ 「浅草観音堂の下で売られている招き猫は、裏面尾のところに『丸に〆』の印があるものは世間でここ以外に売られていない」

 この招き猫の元祖と伝えられる丸〆猫は、嘉永5年(1852年)に浅草観音の堂下で売り出され、大ブー­ムになったという。この置物のお尻に書かれた丸〆の印は、江戸時代の隠語で、「金銭を手に入れる」と言う意味で金銭や福徳を「丸く勢〆る」という縁起かつぎの意味合いを持つらしいが、関東大震災と東京大空襲で職人が今戸を離れ、激減し、現在今戸で東京の郷土玩具といえる今戸焼を制作しているのは「今戸焼 白井」という工房一軒のみだそうだ。時代の流れとともに今戸焼はいつの間にか世間から姿を消してしまっていった。

 長さは約250m、合計89店の店舗が並ぶ昔風ショッピング・モールが仲見世だが、その浅草仲見世商店街のHPによると、仲見世の始まりから現在の仲見世までの歴史をひもとくと、仲見世は日本で最古の商店街と言われているそうで、徳川家康が江戸城へ入府後、江戸の人口が増え、浅草寺の参拝客が激増したことで浅草寺境内の掃除の賦役を課せられていた周辺の町人に対し、境内や参道上に出店営業の特権が与えられたのが仲見世の始まりで、元禄から享保の時代の頃だと伝えられているそうだ。その仲見世で日本で現存する唯一の江戸趣味小玩具店専門店「助六」で丸〆猫を求めることが出来る。

 「神社で合コン」 婚活パワースポットとして売出中 今戸神社の巨大招き猫 ↓
今戸神社の招き猫

 山谷通いの粋客が山谷船(猪牙舟)で新吉原へ通った山谷堀も今は暗渠となり細長い公園となってしまったが、その周辺を歩くと新吉原遊郭の花魁にまつわるもうひとつの招き猫伝説がある西方寺(土手の道哲)跡地がある。その寺は関東大震災後に西巣鴨へ移転され今はない。さらに西方寺があったすぐ北側へ向かい今戸神社の境内へ入ると大きな招き猫が本堂でお出迎えしてくれる。

 この神社は、宮司さん夫婦を親に持つ、全国でも珍しい美人姉妹二人が巫女さんで、しかもお姉さんの方は副業にイラストレーターもやっているためか、神社内のデイスプレイ始め授与所やおみくじのデザインなどにも招き猫を使っている。そういえば、正面の鳥居の下には「招き猫発祥の地」と書かれた看板が「沖田総司終焉の地」の文字の上に書かれている。
 余談だが、今戸神社の境内にある石造狛犬(台東区有形文化財)は、江戸時代の今戸焼職人たちが奉納したもので、狛犬の銘文には白井善次郎の名がある。実は、その六代目が「今戸焼 白井」の白井裕一郎さんだそうだ。

招き猫発祥の地の看板

今戸神社は招き猫で売出中

 実は、今戸神社周辺は、風水でいう龍の通り道、龍脈上にあたり、しかも神社のある場所は龍が休む“龍穴”と呼ばれる地でもあるので、パワーの源、つまり気が噴き出る都内有数の気場としても知られているらしい。最近今戸神社では“縁結びのパワースポット”としても売出中で、「今戸神社 縁結び会」なる集団見合い、今風に簡単にいえば合コンも主催しているとのこと。

 境内に掲げられている掲示物を見ると、婚活を目指す20代後半から40代の男女約6,000名が神社に登録していて、永久就職を求める婚活女子が最後の神頼みとして訪れているかは知らないが、招き猫の縁結びのパワーから御利益を授かろうと「神社で合コン」 しているらしい !?

今戸神社は合コンで縁結び


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南千住3丁目の庚申塚 

南千住3丁目の庚申塚


 学生の頃、柳田國男氏の民俗資料収集の手引書を片手に、日にバス一本しか通わないような和歌山県の奥地にある「上洞(かぼら)」というところの民宿に泊りながら、山中へ背丈ほどもある雑草をかき分け弘法大師所縁の洞穴を探しに行ったり、山形県の酒田から秋田方向へ寄った海沿いのユースに泊って男海女(おとこあま)を調べに行ったりしたことがあった。昔からの伝承のことををよく知る村の長老を尋ね歩いた道沿いには、「庚申」と彫られた石塔、庚申塚(こうしんづか)をよく見掛けたものです。

 庚申塚は、庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。調べてみると、昔「人間が生れながらにして体内にいると伝えられていた二寸(約6㎝)程の三尸(さんし)の虫」が、60日に一度巡ってくる庚申 (かのえさる) の日の晩、人が 眠っている間にこっそりと体内から抜け出し、 天上の帝釈天の所へ行くと考えられていた。帝釈天へ60日間の悪業(あくごう)を報告れてしまうと命を縮められてしまうという言い伝えから、庚申の夜は眠らずに過ごすようになったとか。
 一人だとつい々寝込んでしまう恐れがあるので、その地域々で場所を決め庚申講と呼ぶ集まりを持って“庚申待ち”という行為が始まった。後に庚申待ちの晩は集団で夜通し飲み食いするようになったという。明治期くらいまでは日本中で行われていたそうだ。
 庚申塚は、庚申講を3年間で計18回続けた記念に建立されることが多かったらしいが、塚の上に石塔を建てることから庚申塚、または庚申塔とそう呼ばれる。

 ↓ 南千住三丁目の交通量の少ない道端の角にある庚申塚
南千住三丁目の庚申塚

庚申塚に花を供える人

 江戸時代には、庚申の夜に身ごもった子は盗賊になるという迷信が信じられていたので、昔は「大泥棒の石川五右衛門の両親は庚申の夜であることをうっかり忘れて夜を楽しんだのだろう」とよく言われていたそうだ。

 かつて都内の随所にあった庚申塚は、街道沿いなどにあったものを高度経済成長期からバブル経済絶頂期頃に行われた都市開発や道路の拡張工事などによってほとんどが撤去されたり移転されたという。今ある庚申塚の多くは道路などから神社やお寺の境内などへ移されたため撤去から免れたものがほとんどらしい。
 南千住の3丁目の現存する庚申塚は、幸い交通量の少ない開発に縁がなかった路上に置かれていたので破壊を免れ今も南千住の路傍の角に残っている。


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