旧東京北部小包集中局跡地の再利用(その後) 

過去の夕刊紙に旧東京北部小包集中局跡地の活用の記事が出て、それに関連したページをUPしたのは、もう一年近く前になる。

 その後、台東区役所のHPの関連ページを検索してみたら、旧小包跡地に付いて「大規模用地活用検討支援業務委託の事業者を選定しました」というページがヒットした。
 前出の夕刊紙に書いてあった記事は、清川2丁目にある旧郵政省の東京北部小包集中局跡地を地上12階、地下1階の「福祉の最先端タワー」という巨大な“ハコモノ”を造ろうという再利用案の記事だったが、未だに小包跡地の再利用の案さえ決まっていないようだ。

 旧小包跡地とは、郵政大臣など国政の数々の役職を歴任した地元の深谷隆司元衆議院議員の肝入りで、台東区が国から27億円で購入した土地だった。北部浅草の山谷に1万200平方㍍(約3,000坪)もの区用地があることを、地元の人でも知らない人も多い。

旧小包跡地にある建物の看板
旧小包跡地にある建物

 ここ数年来、国やマスコミが訪日客二千万人突破したとか今度は四千万が目標などと過剰に情報発信しているためか、首都圏ではAPAホテルなどビジネスホテルや簡宿形式のゲストハウスが激増、最近ではJR東日本までもが簡宿に進出する有り様だ。そんなことで平日の都内の宿泊施設で値崩れ現象が起きている。
 さらに海外大手ネットエージェントの急速なシェアー拡大、そしてトリバゴなど複数サイトを同時に検索してランキング表示する“メタサーチ(横断検索サイト)”の台頭に加え民泊の乱立…。
 一般旅行者をターゲットとする山谷地域の宿泊施設(一般宿)は、休前日などの繁忙日を除けば平日の閑散日は過当競争の渦の中に叩き込まれて客室を埋めるのに苦慮しているのが現実だ。

 一方、主に生活保護世帯を対象とする「従来型の宿」の宿泊者も逓減しているようだ。2014年の調査で、生活保護受給世帯が暮らす簡易宿所の9割近くが、家賃を住宅扶助の上限額近くに設定していることを厚労省が公表、国が簡易宿所を「貧困ビジネス」だと位置付け始めたことから23区の区役所からの福祉客も激減している。
 我々の業界は、福祉行政の充実していない戦前から、宿泊者のために宿は福祉業務の一端も担ってきて、終戦直後はGHQ(進駐軍)の強い命令があって、東京都(民生局)から戦争罹災者の保護、収容の事業を委託された歴史もあったのに…。
 さらに「一般宿」も「従来型の宿」も宿泊者が減る中、山谷地域の中の飲食店始め商店街も元気がなく廃業・休業が続いている。そのことは「きぬ川廃業!」のページで紹介したが、何とか台東区の北部地域の活性化につながる旧小包跡地の再利用が早く決まればいいと思う。

 実は、旧小包跡地が台東区へ移管される前から、浅草北部まちづくり協議会や台東区議会議員などから事ある度に跡地のユニークな活用案の意見交換が活発になされていた。地元の住民の意見が繁栄されない唐突なプランが出ると困るのが本音だが、過去のいろいろな場で聞いた活用案のいくつかを紹介したい。これは、あくまでも自由な発想の中で出た活用案であって、中には現実離れしたものもあるが、将来の山谷活性化につながる活用案のアイディアの一助になればと思い再びUPすることにした。

 ↓ かつて旧総泉寺へ続く参道の路傍にお化け地蔵があったことが分かる絵
総泉寺とお化け地蔵

 古地図を調べてみると、その小包跡地の周辺は、曹洞宗の江戸三箇寺のひとつに数えられていた総泉寺という大きな寺があった場所で、その参道に今も現存するお化け地蔵があったことは上の絵からも分かる。

 総泉寺は大正12年(1923年)の関東大震災で被災、昭和3年(1928年)に板橋へ移転してしまったが、元々平安時代の誘拐事件、子(梅若丸)と母(花子)の哀話「梅若伝説」と関係があり、総泉寺の南側には京の都から子を探し求めてきた母が梅若丸の死を知り絶望の末に身を投げたという鏡ヶ池があったという。小包跡地のすぐ近くには築地塀に囲まれた立派な門の中に、エレキテルこと平賀源内の墓があるが、なぜか総泉寺移転後もこの墓だけが山谷地域に残されている。

 ↓ 山谷地域の旧総泉寺跡地にエレキテルこと平賀源内の墓がある
平賀源内の墓

 現在、旧小包跡地のあった建物や駐車場は、観光バスの駐車場や放置自転車の保菅所の外、清掃事務所の車輛置き場などとして暫定的に活用されている。また隅田川花火大会や酉の市などのイベント時の臨時駐車場とても使われているようだ。

 ↓ 浅草で観光する観光客を乗せるバスが旧小包跡地前で駐車待ちの列を…
旧小包跡地の駐車場へ並ぶ観光バスの列
旧小包跡地内の駐車場


● 橋場⇔浅草を巡る観光実験線「LRT」の車両基地(案)

 LRTとは、無公害の次世代型路面電車のことで、低床電池駆動路面電車の英語読み“ライト・レール・トランジット”の頭文字をとったもので簡単に言えば最新式“ちんちん電車”だ。現在、世界300都市、国内でも富山など20都市で運行されている新交通システムだ。
 このLRTの観光実験線を橋場エリアの一方通行路に走らせ車両基地を小包跡地にしたらどうかという活用案だ。浅草の六区街でプレス発表もされ、ヒノデ新聞などの紙面でも紹介された。うまくゆけば路線を汐入エリアまで伸ばし、さらには都電の終着駅がある三ノ輪橋まで延長出来たらと夢は広がっていった。

 面白かったのは、この案の発信地は山谷ではなく、浅草の商店街連合からだったことだ。しかし、昨年1月末に開業した「ぐるーりめぐりん」は、ほぼ同じルートを走っていて、いつの間にか夢は消えてしまった感がある。

 ↓ 北部浅草を走らすLRT観光実験線車両基地案のイラスト
LRT観光実験線車両


● 石浜城再建用地(案)

 昔の石浜という所は、隅田川の入江のような場所だったらしく、場所は今の台東区橋場1~2丁目から今戸1~2丁目辺りのことをいったらしい。この地は、中世の時代に下総の千葉氏一族が武蔵に逃れて最初に築いた城、石浜城があったという。
 また、奥州征討の勝利に際して源頼朝が社殿を寄進したという逸話が残る石浜神社も近くにあったり、白鬚橋辺りは、房総に逃れていた源頼朝勢が隅田河を渡る際に、江戸氏が親族の支援を受けて釣り船数千隻に加え西国船(さいこくぶね)数千隻を揃え、三日間掛けて浮橋を組み、頼朝勢を武蔵の国石浜から王子板橋へ渡らせるのを助けたなど数々の古い歴史がある地でもある。

 ↓ ボストン美術館所蔵の「隅田川筏渡之図」
隅田河の浮橋を渡る源頼朝勢

 何とそこへ石浜城を復活させようというのだから面白い。実は、石垣など石浜城の遺跡はまったく発見されていない。北部浅草の歴史に詳しい人に言わせると、石浜城は城の概念になっている天守閣そびえる造りではなく、どうも黒沢明の映画に出てくるような砦のようだったらしい。

 ↓ 山谷地域の清川に石浜城を建設する夢の(案) イラストは田中けんじ氏
幻の石浜城再建の夢


● 台東区役所移設(案)

 台東区役所を小包跡地へもってくる、つまり山谷へ区役所を移設する案は、かなり昔から、それも複数の台東区議から出ていた活用案だった。小包跡地の南側にある二棟の都営住宅も一緒に一元開発という大胆なプランを考えた区議もいたが、大震災後、一棟は建て替え、もう一棟は耐震補強と決まってしまったそうだ。
 台東区役所移設案の最大のメリットは、数千人の区職員が山谷地域に落とすお金の経済効果が山谷と北部地域を活性化させるということなんだとか。しかしこの案もつい最近台東区役所がリニューアルしたことを考えると実現は難しいだろう。

 ↓ 現在上野にある台東区役所本庁舎ビル
台東区役所本庁舎


● ゴミ処理施設の排熱を利用した温浴施設建設(案)

 台東区には、廃棄物処理場はひとつもない。台東区内で清掃事務所などが収集したゴミはすべて区外へ持ち出されて処理されている。あえてゴミ処理施設を山谷に受け入れ、そこに区民が利用出来る排熱を利用した温浴施設を作るという活用案がこれだ。過去に区役所内に「山谷名水説」を唱える職員もいて、その人に言わせると、山谷は地下水が汚染されていない都内でも珍しい場所らしい。もしも小包跡地の地中深く掘り下げれば良質な黒湯の温泉が出てくることは間違いないだろう。

 10年近く前だったか、近くの高層マンション建設中に予期せず良質な温泉が湧き出し、「南千住天然温泉」と名づけられた。源泉の温度は28.5度。泉質はナトリウム塩化物・炭酸水素塩温泉で、無臭で浴槽の底が見えない醤油のような黒褐色の黒湯である。黒湯は火山性の温泉とは異なり、古生代に埋もれた草や木の葉の成分が地下水に溶け込むことで出来た温泉だ。黒湯は鎌倉の辺りから東京湾岸に沿って温泉脈が広く分布しているそうで、体の芯まで温まり浴後も湯冷めしにくい。特出すべきは時間が経過しても温泉効果に劣化が起きないという性質がある。また黒湯に含まれるフミン酸は殺菌力が強いので、レジオネラ属菌や黄色ブドウ球菌などに対する強い殺菌力がある。温泉施設を山谷に造れば、北部地域に住む“後期高齢者”たちの温泉療養と憩いの施設になることだろう。

 ↓ 小包跡地から北へ1㌔程の距離にある南千住4丁目「南千住天然温泉」の入浴施設
南千住天然温泉の入口と掲示物
南千住天然温泉の露天風呂
 ↑ この黒湯の露天風呂は、共同住宅と有料老人ホームの入居者のみが利用できる
入浴するにはマンションのカギを提示してSuica(スイカ)などの電子マネーで決済する



● 江戸芝居小屋の建設(案)

 「日に三箱散る山吹は江戸の華」と川柳で謳われ、江戸市中で日に千両(今の貨幣価値で約一億円位)の小判が動いた三ヶ所の特別な場所のひとつに「聖天町の芝居街」があった。その当時の雰囲気を感ぜられる江戸歌舞伎小屋を旧小包跡地の有効利用として作ったらどうかという案もあった。

 山谷に泊まりに来る人たちは、かつて北部浅草の聖天町(猿若町)に、ニューヨークはマンハッタン島にあるブロードウェイの劇場街のような芝居街があったことを知る人は少ない。そこにあった芝居小屋は、現代の劇場型歌舞伎施設とは大きく異なり、小屋の至る所に役者と観客の一体感を演出する工夫があった。小屋の中の演劇空間には、舞台と観客を近づけ、役者の化粧の香りや息遣いまでも受け止め観客を心底楽しませようとする歌舞伎独特の舞台構造があって、演技の下手くそな大根役者へ抗議の意思表示「半畳を投げ込む」目の肥えた庶民の観客がいたとか。

聖天町の芝居街

 気が付いたら日本人が忘れてしまった、本物の江戸芝居小屋を浅草に復活しようという署名運動が過去にあって、その発起人には十八世中村勘三郎丈を始め、串田和美、野田秀樹、三谷幸喜、立川談志などの著名な舞台関係者が名を連ねていた。そして二天門に近い都立産業貿易センター台東館が有力候補地に上がっていたという。しかしその芝居小屋復活の中心的存在であった勘三郎丈や談志師匠も今や故人となり夢はいつしか遠のいてしまった。

 ↓ 「浅草に江戸芝居小屋をつくる会」の10万人署名運動時の芝居小屋のイメージ
浅草に江戸芝居小屋をつくる会

 芝居小屋を吊り橋のない谷に見立て、小屋の空中を元祖ロープウェイともいえる“畚渡し(ふごわたし)”に乗って、主演役者同士が宙乗りで切り合うケレンの場面。平土間に突然複数の橋脚が立ち上がり、東西の桟敷へ橋板が伸びたかと思ったら、あっという間に幕間の小屋の空間に太鼓橋が出来て、観客の頭上に架けられた橋の上を鳴り物に合わせて着飾った役者たちの行列が通る…。
 小屋掛けして木戸銭を取って興行する江戸の芝居小屋では、観客を引き付け飽きさせないため、演技はもちろんのこと衣装から大道具の仕掛けに至るまでド派手に演出されていたとか。そんな江戸芝居小屋が現代の北部浅草にあったら本来の歌舞伎の魅力を知らなかった人たちたはきっと驚くことだろう。

 芝居小屋の正面中央には江戸庶民が期待を胸に、ひとりづつ屈んで通ったであろう「鼠木戸(ねずみきど)」とその左右には「大木戸」と「御用木戸」を再現。観客席上方の大梁に、公演の出演者の屋号の家紋が入った高さ1.2㍍もある顔見世提灯を吊るす「ブドウ棚」を組めば、舞台演出としても舞台だけでなく花吹雪などを観客側まで降らすことも可能になるだろう。
 また、花道にあるスッポンの他にも現在の歌舞伎施設には四国の金村座しか存在しない、舞台と花道が交わる角に役者がセリ出せる舞台装置「空井戸」も設置、さらには昔の芝居小屋にはあった役者が宙吊り状態で演技しながら移動する装置「かけすじ」を江戸時代風に再現したら芝居の演目の幅が広がること請け合いだ。今の相撲場に残っている桝席も造り、縦が「い・ろ・は…」、横が「壱・弐・参…」と席番も昔風に木目調で再現したい。

日本最古の歌舞伎小屋
 ↑ 現代の劇場型歌舞伎施設の概念を越えた芝居小屋(四国琴平町にある金村座)

 しかし今の歌舞伎には何か満足出来ないと思い続けている人たちの中には、これでもまだ物足りない気がするだろう。例えば、今の主要都市にある歌舞伎の劇場はお上品過ぎでは?昔から芝居見物の楽しみのひとつは飲食を伴なった観劇だった。幕の内弁当ということばに名残があるように、歌舞伎小屋は、食事と観劇が一体となって成立していた観劇スタイルで、世界目線で見たら“レストランシアター”形式のとてもユニークな演劇だった。
 新宿歌舞伎町の繁華街にあって、幕の内弁当を食べながらロボットのショーを見物する「ロボットレストラン」には、連日多くの外国人観光客が訪れているという。店のHPを開くと歌舞伎を彷彿する衣装を身に付けた出演者がいることからして、このレストランは江戸の芝居小屋にヒントを得たであろうことは想像に難くない。 

 さらに々、3,000坪ある旧小包跡地の余ったスペースに複数の茶屋も再現、両国の国技館のように茶屋から仕出し自由とし、外国人用に平成中村座NY公演にならい、幕間は日本文化満載の“Kabuki Cafe”で楽しませたりとアイディアを出せと言ったら尽きることがない。そうそう、忘れていたが、歌舞伎座で今外国人に大人気の格安な観劇システムの「幕見席」もぜひ作って欲しい。そうすれば歌舞伎の敷居が低くなることでファンのすそ野も広がり歌舞伎が世界中に認知されるきっかけにになるだろう。
 交通の便を心配しなくても大丈夫。浅草辺りのスーパー堤防にある船着き場を利用して、吉原通いの粋客が乗った山谷船(猪牙舟)を模した江戸時代の格好をした船員が乗る大型船を白鬚橋まで走らせて乗船から歌舞伎の世界に引きずり込んでもらうなども面白いかも。これなら船上のお練りもスーパー堤防から見物可能だ。


● 漫画・アニメの殿堂建設(案)

 過去の麻生政権時代に国立メディア芸術総合センターの設立が予定されたことがあったが、「アニメの殿堂」と批判的な通称名が用いられ他党からの大反対から設立されることはなかった。あえて世界の最先端といえるサブカルチャーの殿堂を山谷に造って、クールジャパンの情報発信基地を造るという活用案だ。

 山谷に泊まりにくる旅行者には内外の漫画・アニメオタクの人たちが非常に多い。外国人ならフランス人を筆頭にドイツ人、スペイン人にアニメオタクが多いような印象を受ける。そのことは「コミックマーケットと山谷の格安ホテル」 のブログページで紹介したことがある。漫画・アニメオタクたちは、お金を落とす目的の場所は山谷以外にあって、「泊まる宿は簡素でもいいから100円でも安い方がいい」という考えの人がほとんどだ。彼らは漫画やアニメ関連の物品に大金を使うので、泊まるところには金は掛けたくないというのが本音だ。秋葉原始め、中野のブロードウェイ、池袋の乙女ロードなど等…。山谷には最低限の消費しかぜず、他の場所で有り金を使い果たすというのが現実だ。

 小包跡地に日本が誇るサブカルヤー満載の漫画・アニメの殿堂をあえて山谷に造るという奇想天外な活用案の詳細は、漫画やアニメグッズの公開オークション会場を作り、PCやスマートフォンなどを使ってオンラインで全世界からオタクたちにがリアルタイムで入札出来るようにしたり、漫画・アニメを芸術と位置づける施設の各階には、新作アニメの試写会場で予告編が無料で見れるような場所や漫画・アニメ関連業者にスペースを格安に提供してテナントになってもらうなど考えられよう。
 中国や韓国がアニメ産業の世界進出を虎視眈々と狙っているのに対抗して、漫画・アニメの若手育成者の学校や支援の場所もあったら山谷の活性化につながるのでは?
 山谷地域の東側に位置する橋場という街は、東京・下町、山谷を舞台にした「あしたのジョー」や荒川区町屋を舞台にした「巨人の星」などの原作者で知られる高森朝雄氏(梶原一騎)が生まれ育った場所だし、漫画「孤独のグルメ」第一話の舞台も日本堤の「きぬ川」だ。山谷と漫画は何かと縁がある。

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寄せ場用語の基礎知識 (山谷編) 

◆ 寄せ場で使われていた言葉の意味 ◆



 焼野原となった戦後の東京。その復興を、表舞台ではなく陰から、それも危険な重労働で支えた山谷の日雇い労働者たち。後に、都市基盤インフラ整備の高度経済成長期と呼ばれた時代からバブル経済崩壊までの長い間、至る所で地味な活躍をしてきたのが寄せ場のおじさんたちだった。

都電22番線が廃線になった昭和46年3月以降、あさひ食堂前の山谷通りには
職を求めて群がる労働者の中を都バス(東42系統)が走るようになった ↓

あさひ食堂と山谷通り

 近年、建設需要の急低下や急激な産業構造の変化などから日雇労働市場が形だけになってきて、寄せ場機能自体も失われつつある。現代の労働者は、PCやスマートフォンなどの携帯端末などや就職情報誌から職を求める人材派遣会社の登録者となり、個別に労働を求めることで寄せ場の求心力も共同体意識も薄まり、結果山谷から“寄せ場のおじさんたち”と“寄せ場文化”が失われてきているのが現状だ。近い将来従来型の宿の商圏(パイ)は、確実に先細りになることが予想されている。そこで今回のこのページでは寄せ場のおじさんたちが山谷で日常使っていた寄せ場用語の意味を紹介します。


【寄せ場用語 山谷編】
「山谷」
⇒山谷(さんや)という地名は、とても古く、徳川家康が江戸城に入城する前には「山谷村」としてすでに存在していたという。かつて、「山谷」と称していた地域は、現在の今戸一・二丁目と東浅草一・二丁目及び日本堤一・二丁目の東部と清川一・二丁目の西部にわたり大変に広かった。
明暦3年(1657年)、振袖火事の後に吉原遊郭が北部浅草へ移って来てからは、山谷の環境は一変した。正徳3年(1713年)、それまで山谷村と呼ばれていたのが山谷町となり町奉行所の管轄になる町方と郡代支配の地方とに分けられていた。しかし、浅草町と呼ばれた時代もあったり、時代々によりその示す範囲と町名も変遷を重ねていった。
山谷地域の、特にその東側の隅田川沿いは風光明媚な土地柄だったため、お大尽や風流な趣を好む文人墨客が別邸を構えるような場所になっていった。昔の山谷堀流域には沢山の料亭や船宿などがあって、文化サロン的な場所でもあったという。その後、明治44年(1911年)の吉原の大火始め、大正12年(1923年)の関東大震災と昭和20年(1945年)の東京大空襲と、実に34年間に三度も焼野原になる度に、山谷は復興するための労働力の骨休めの場所として寄せ場的な色合いも生まれていった。
今は山谷という住居表示はないが、かつて簡易宿所など日雇い労働者のための施設が数多くあった場所を、行政が区割りをして“山谷地域”と現在も呼んでいる。その範囲は、台東区側(0.69 k㎡)は、清川一・二丁目、日本堤一・二丁目、東浅草二丁目、橋場二丁目で、荒川区側(0.97 k㎡)は、南千住一・二・三・五・七丁目で、合計1.66 k㎡の広さになる。なお、隣接する南千住駅は、南千住四丁目なので山谷地域には入らない。最近のテレビなどのメディア報道でいう山谷とは、概ね泪橋交差点周辺のことを言っていることが多い。
「ヤマ」 ⇒“ヤマ”とは、山谷の別称。日雇い労働者などが街の愛称として使い、またある時は否定的な意味をも含めて呼ぶ場合もあった。
「ドヤ」 ⇒宿(やど)の逆読みした俗語で、日雇い労働者向きの簡易宿所や共同住宅のことを意味し、否定的に言う場合が多い。
「簡宿」 ⇒“カンシュク”とは、旅館営業の許可施設の中の「簡易宿所」のことを略して呼ぶ言い方。昔の名前の木賃宿が社会通念上好ましい名称でないとして、昭和六年に警視庁は木賃宿の組合の提言により「簡易旅館」と呼び方を改めた。東京では東海道、中山道、日光街道、奥州街道などの各街道の、江戸に入って来る入り口のところに安宿街が構成され、終戦後その地域が戦争罹災者の仮の収容施設になった歴史から高度成長期にそれぞれの地域で簡宿街が膨張した。戦後、衛生法に基づき、各警察署管内から各区保健所へ所管が移ってから、業態名も簡易旅館から簡易宿所と改められた。台東保健所の説明によると、「簡易宿舎」、や「簡易宿泊所」などという呼び方はマスメディアから広まったマスコミ用語とのこと。
「寄せ場」 ⇒災害や飢饉から犯罪が横行した江戸後期、その江戸の危機の時代に活躍した“鬼平”こと長谷川平蔵が考案した自立支援施設「人足寄せ場」の名を卑下してもじった言い方。ヤクザの隠語を連想することなどからマスコミでは使用に適さない用語に入るらしいが、今風に分りやすく言えば、日雇い労働のおじさん達の“就活”の場だろう。現在の山谷では、日雇い労働市場とその関連する業種が集まる街、またはその地域を指している。
「アサケイ」 ⇒警視庁浅草警察署の名称を端折って否定的に呼ばれていた言い方。
「マンモス」 ⇒広辞苑によると、マンモスとは更新世に生息した巨大ゾウの意味で、転じて「巨大な」という意味となったということだが、山谷では山谷通り(吉野通り)に面した大交番を指す。昭和35年(1960年)7月1日「山谷文庫」の跡地に出来た、当時の正式名「浅草警察署山谷警部派出所」といった大交番(通称=マンモス交番)のこと。鉄筋コンクリート造り三階建て延べ床面積100㎡、警察官の定員55名。二ヶ所の取調室も備わっていた当時日本最大級の交番は、昭和30年代後半頃から山谷の権力の象徴として度々騒動屋からの攻撃対象となっていった。そして地元山谷では何時しか「マンモス」と言えば山谷の大交番の代名詞となった。大交番は後に警視庁唯一の地区交番「山谷地区派出所」となって80m程浅草へ寄った場所に移設された。平成20年(2008年)には普通交番に格下げ、「日本堤交番」と改称され現在に至っている。
「ポリコウ」 ⇒警察官(おまわりさん)を蔑視した呼び方。当時の騒動屋たちのアジビラには、山谷での権力の象徴として、「アサケイ」・「マンモス」・「ポリコウ」と三点セットで書かれることが多かった。
「センター」 ⇒かつて東京都の出先機関であった旧「東京都城北福祉センター」と旧「財団法人山谷労働センター」との二つの機関を一緒くたにして略した言い方。平成15年(2003年)に一体化改称し、現在は「公益財団法人城北労働・福祉センター」とひとつの法人になって本館は台東区日本堤2丁目に、分館は荒川区南千住3丁目にそれぞれある。
「山谷通り」 ⇒荒川区側のコツ通りの一部から泪橋交差点を超え、台東区側の吉野通りまでの特例都道のことを指し、正確には、山谷地域のエリア内を走る東京都道464号言問橋南千住線のことをいう。文禄3年(1594)千住大橋の架橋後は、江戸の五街道のひとつ「奥州街道」(奥州道中・陸羽街道とも呼ばれた)として現山谷地域北部の千住宿南組から南部の浅草山谷町から三ノ輪に掛けて宿場町として栄えた。昭和30年代の高度経済成長期の始まり以降は、山谷通りは泪橋交差点周辺に毎朝数千人の日雇い労働者が路上に集まる労働市場(日雇い労働者の就活の場)の中心となった。
「泪橋」 ⇒江戸の昔から、浅草縄手(旧奥州街道)の思い川(別名=駒洗川)に架かっていた橋のことで“涙橋”と書かれることもあった。明治期まで“南千住駅前歩道橋”近くにあった小塚原(こつかっぱら)のお仕置き場(刑場)へ引かれる罪人が、今生の別れで渡る橋だったが、大正12年(1923年)頃に埋め立てられ橋は現存しない。現在は山谷通り(吉野通り~コツ通り)と明治通りと交わる交差点名として、また山谷の安宿街の中心点として広く知られ、山谷を舞台とした漫画「あしたのジョー」が繰り返しアニメ・実写版の劇場映画として公開されたり、テレビ東京の人気情報バラエティー番組で紹介されたことから再び注目されることになった。
「ニコヨン」 ⇒「ニコヨン」とは、昭和20年代の中ごろ、日雇い労働者が職業安定所からもらう定額の日当が240円(100円を「一個」として240円を二個四⇒ニコヨン)であったことからそう呼ばれた。その後、日雇い労働者そのものを呼ぶ別称となった。現在は、テレビなどマスコミでは差別的な用語として使われなくなった。
「デズラ」 ⇒日雇い労働に対する対価である日当の額。
「ピンはね」 ⇒労務の成果である報酬を搾取すること。バブル期頃の山谷では、役人から紹介される日当より、なぜか手配師のピンはね後のデズラの方が高かったという。
「ケタ落ち」 ⇒賃金が極端に低かったり、または通常の相場からかけ離れた労働条件の仕事場、または飯場などのことををいう。語源は「桁落ち」からきたと言われているが、技術の程度が低い病院も「ケタ落ち」と呼ばれることがあった。
「日払い」 ⇒当日の労働に対して一日単位に現金で支払う約束になっている日当の支払い方法。
「現金」 ⇒“現金仕事”つまり、日々現金で支払われる日雇い労働の条件のこと。
「出張」 ⇒世間一般で使う、会社員などが用務のため勤務先以外の所に出向くことの意味ではなく、日雇い労働者が寄せ場を離れ、一定期間飯場などに寝泊まりしながら仕事をすることの意味。出張のことを“契約”という場合もある。日本型の労働市場は、“出張先”から“寄せ場”に骨休めに帰ってきてお金が続くまで滞在し、現金仕事がなければまた出張と、二つの場所を繰り返しピストンしながら生活するというパターンが特徴といえる。
「コマワリ」 ⇒金銭的な条件はそのままで、天候の急変などにより現場仕事が短く終わったり中止になったりして通常より早く終業すること。
「ケツワリ」 ⇒労働者側から労働契約を途中で解約する行為。朝鮮語の逃亡を意味する言葉「ケッチョガリ」から転訛したのが有力らしく、かつて炭鉱労務者が過激な労務から逃れて職場放棄したことから広まった言葉のようだ。南千住駅の周辺は、元々常磐炭鉱からの貨物基地で、石炭やコークスなどの化石燃料の集積に大勢の日雇い労働者が従事していた。山谷でこの言葉が使われていた理由はここにルーツがあったらしい。
「トンコ」 ⇒労働契約を一方的に解約して、意思表示もなくいなくなること。トンズラとも言われた。
「テモト」 ⇒片付け仕事や荷物運びなど技術の必要のない労働のことを言った。
「手配師」 ⇒公共職業安定所(ハローワーク)を通さず、直接雇用主に労働者を斡旋することを業としている者。その斡旋する仕事のことを“人夫出し”と言った。
「特就」 ⇒減少し続ける民間事業者の日雇い求人を補うため、東京都が実施する特別就労対策事業のことを略した言い方で、満55歳以上を対象に、登録者に、公園等の清掃や除草作業等を輪番制で紹介している事業のことをいう。
「越年相談」 ⇒毎年年末の12月29日に台東区リバーサイドスポーツセンター等に東京都の設置した臨時相談所で実施する、年末・年始の宿泊や医療相談の事業のことをいう。山谷地域を離れ、東京都が管理する寮のような宿泊援護施設で越年、越冬すことを寄せ場のおじさんたちは「宿泊」と呼んだ。
「求職受付票」 ⇒通称ダンボール手帳とも呼ばれるカードのこと。日雇いの仕事の紹介を受けるために、労働出張所へ求職申込みを行った時に発行されるこのカードでは、仕事の紹介は受けられるが、アブレ手当の受給は受けられない。しかし一定の要件を満たすと白手帳の交付を受けられる。
「白手帳」 ⇒日雇いの労働保険(雇用保険)「日雇い労働被保険者手帳」を略した言い方で、手帳所持者は、就労日数等の要件を満たすことで失業給付金(通称アブレ手当)の受給資格を得られる。手帳の表紙が白かったことからそう呼ばれたが、他に「日雇手帳」や「センター手帳」などの呼び方もあったらしい。
「アブレ手当」 ⇒日雇いの労働保険加入者が、一定の条件を満たすことで受けられる日雇いの失業保険手当(日雇い労働求職者給付金)。
「印紙」 ⇒寄せ場のおじさんたちが言う印紙とは、雇用保険の日雇労働被保険者が日雇い労働の賃金に応じた保険料を、事業主と半分ずつを折半して納付し、白手帳に貼る雇用保険印紙のこと。
「オケラ」 ⇒元の意味は、バッタ目ケラ科の昆虫の螻蛄(けら)のことで、そのバンザイをしているかのような虫の正面の姿から、転じて“無一文”で「お手上げ状態だ」という意味として使う。寄せ場のおじさんたちはバンザイの仕草をしながら使った。
「オケララーメン」 ⇒煮るタイプの即席麺のこと。食費が貧しい時に食べる経済的な即席麺の食べ方で、具なしの即席麺を鍋で複数個煮ることが多かった。
「オケラ街道」 ⇒競馬で負けたギャンブル好きの寄せ場のおじさんたちが、浅草の場外馬券場から徒歩で山谷へ戻るルートのこと。千束通りを通り、吉原の風俗街を避け日本堤消防署の辺りを抜けるこの一般的なルートは、その昔、浅草の観音様から新吉原へ徒歩で向かった遊客の通い道と道筋が似ていたらしい。
「アオカン」 ⇒山谷における「アオカン」の意味は、宿に泊まるお金がない時、または門限を過ぎるなどの理由から宿に泊まれなくなった時に路上で過ごすこと。語源は“青空簡易宿泊所”の略など諸説ある。
「泥棒市」 ⇒かつて玉姫公園内で毎朝開かれていた朝市を指すが、日本の大きな寄せ場には似たような市が必ずといってもいいほど立つ。現在では、玉姫公園周辺の路上で、夜な夜などこからともなく露店が集まり出し、多い時には40店舗以上も集まることも。暗黙の近隣協定のようなものがあるらしく、朝7時頃には露店は撤収していなくなる。最近は山谷に泊まりにくる旅行者が掘り出し物を求めて訪れることも。
「タコ部屋」 ⇒暴力飯場のこと。出張で契約期間中は、飯場という寮のような場所で生活することが多いが、中には暴力的な対応を取る飯場もあったという。粗悪な食事や必要経費と称して異常に高い経費を天引きされ、結果給料が残らなかったり、中には逆に債務として請求される事態もあったという。
「半タコ」 ⇒意図的にトンコに誘い込み、それによって、すでに労働した分の賃金を支払わないなど“タコ部屋”に近い飯場のことを言った。
「モガキ」 ⇒この言葉は、酔っ払いなど無抵抗な者を周辺にはケンカなどと見せ掛けて金品を奪うことをいう。路上に寝ている者の介抱を装って財布などを抜き取る介抱ドロなども「モガキ」に含まれる。浅草警察署の説明によると、物取りに囲まれた被害者が、本能的に身体をもがく動作から生まれた言葉だという。関西の方では、被害者の身体をなでるような行為から「アンマ」と呼ばれるらしい。同じ種類の犯罪行為でも、東西でまったく違う発想の言葉になっていたのは興味深い。
「フクシ」 ⇒生活保護の受給のこと、またはその受給を受けている者のことを言う。
「フクシ宿」 ⇒主として一般旅行者を泊めている宿泊施設(一般宿)に対して、主に生活保護世帯主を泊めている宿のことを言う。
「山谷の七不思議」 ⇒かつて浅草警察署のおまわりさんが、山谷の街を勤務中に感じた話題を、休憩中の茶飲み話の中で“七つの不思議”として集めたものだと伝えられている。


【 関連ページ 】

「山谷の七不思議」 は⇒こちら

「働く人に山谷文庫」は⇒こちら

「山谷の町の区画と由来とは」 は⇒こちら

「浅草山谷一・二・三・四丁目の記述」(pdf 版) は⇒こちら

「歩く地図でたどる日光街道 #03 浅草~泪橋」は⇒こちら


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☆海外からのお客様☆

ありがたいことに、海外からも、様々なお客様にお泊まり頂いています!
本日もアメリカより、古き良きアコースティック音楽の達人ギタリストの、ダコタ・デイヴ・ハルさんがいらしてくれてます。
毎年お会いできるのが楽しみです‼️
ますますのご活躍をお祈りしています(*゚∇゚*)♪


ハルさんのオフィシャルサイト
↓↓↓
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北部浅草!東京・山谷(南千住エリア)の格安宿泊施設
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Economy Hotel HOTEIYA (個室1泊 2,900円~)
(“約3畳”のシングルの小部屋を2名で利用すれば2名で4,000円)
家族室(ファミリルーム)最大6名まで宿泊可↓
最低料金10,000円(4名以上の場合1人@2,500円、4名未満は10,000円で貸切可)
2017年 両店の最新部屋紹介は⇒こちら

〇 大江戸「北部浅草下町情報マップ」pdf 版は⇒こちら
〇 大人気!「食いだおれおじさんのグルメマップ」pdf 版⇒こちら
〇 下町大好き「千住情報マップ」pdf 版は⇒こちら
〇 エコノミーホテルほていや動画は⇒こちら


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出張・受験・就活・一人旅に!
女性・外国人も大歓迎!
1泊から長期滞在まで多目的で利用できる格安宿泊施設!
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ほていや⇒交通アクセス
● 東京メトロ日比谷線「南千住駅」南口より徒歩8分
● JR常磐線、つくばエクスプレス「南千住駅」徒歩9分
● 都バス「清川2丁目」下車すぐ!
● 台東区循環バス「めぐりん」北めぐりんの東浅草二丁目より徒歩2分

南千住駅から『ほていや』までの道順(地図)は⇒こちら
台東区循環100円バス!めぐりん情報は⇒こちら



「全国安い宿情報」最新版発売! 

「全国安い宿情報」'17~'18版 近日発売



 「全国安い宿情報」とは、日本全国の素泊り5,400円(相当)以下(東京・名古屋・大阪は素泊り6,480円以下)の安い宿のホテル・カプセル・シティホテル・ペンション・旅館・民宿・温泉・コテージ・ロッジ・ウィークリー・ユースホステル・ドミトリーなど等、ビジネスから観光まで日本全国のリーズナブルな宿泊施設を多数掲載する旅の情報誌だ。コンパクトなA5判サイズなので旅行カバンにかさばらず携帯が楽。
 また、よく書店でよく見掛けるホテル・旅館の情報誌は、ビジネスホテルといってもかなり高い施設ばかりという印象があるが、この情報誌なら千円台の施設から掲載されているので安上がりな旅を目指す旅人向きだ。逆にホテルライフを楽しもうという旅人には向いてないかも知れない。ビジネス・出張・観光・合宿などににも大変便利で、全国の大型の書店なら大方手に入る。

 ↓ 今回の '17~'18 年版の表紙の画像 ↓
全国安い宿情報 17~18版

 今回は、古民家再生「古民家民宿への道」と題して、第二の人生に選んだ信州の地で、荒れた古家(ふるや)を自ら再生、薪ストーブ、五右衛門風呂を設置、無農薬野菜と本格カレー&ナンの手作りパンでおもてなしの宿を経営するご夫婦のコラムと~北海道・十勝~「冬こそ写真撮影の旅へ」の特集記事が掲載されている。

 モザイクのように街ごとに色合いの異なる特色ある東京・下町の街並みを徒歩と台東区の100円バス「めぐりん」を絡めて散策しながら、東京最大級のモール街がある複合施設「東京スカイツリー」まで歴史散歩してみませんか !?


 ↓ 創刊号 '97~'98 年版の表紙と情報欄 南千住エリアはわずか2軒だけだった
全国安い宿情報の表紙と情報欄

 なお、この情報誌の一番の特徴は、有料の広告ページにある掲載施設をインターネット上の自社公式HP(ネットde安い宿)でも紹介、各施設の自社HPや予約サイトのページをリンクまでしている点だ。雑誌がなくてもPCから主な安い施設だけでも手軽に探し出せるという寸法だ。大手検索エンジンの検索窓へ“安い宿”というキーワードを入力してください。新宿本部組合の「東簡宿」HPと共に上位にヒットするので一度は試してみてください。

○ 東京・山谷(南千住駅エリア)の格安施設は⇒ 90~91ページ
○ 一名あたり1泊千円台~4千円台までの宿が24軒も掲載!
○ 24軒の宿の地図と共に「城北旅館組合」加盟の台東・荒川エリアの“一般宿”の一覧は
89ページに掲載!


◇ ビジネスホテル 福田屋
◇ ビジネスホテル 福千
◇ ホテル 明月
◇ パレスジャパン
◇ 紀伊國屋旅館
◇ 千住田村屋
エコノミーホテル ほていや
◇ Tokyo Backpackers
◇ Aizuya Inn
◇ Kangaroo hotel
◇ ホテル 三楽
◇ ホテル よねや

◇ エコノミーホテル ニュー紅陽
◇ ビジネスホテル 加賀舎
◇ 旅館 若松本店
◇ ホテル 都
◇ ビジネスホテル かしわ
◇ ホテル アポロ
◇ JUYOH HOTEL
◇ ホテル 丸忠 CENTRO 
◇ ホテル 丸忠 CLASSICO
◇ ホテル ヒカリ 
◇ ホテル NEO東京
◇ ホテル アクセラ

『全国安い宿情報』は 550円(本体509円+税) 全国5,254軒掲載
2017年7月10日に発売 コンパクトなA5判サイズ/全224ページ
全国の一般書店・一部コンビニ・インターネット書店等で近日発売予定!
「全国安い宿情報」公式HP⇒ ネットde安い宿


(※) 毎年7月~8月は、大きな花火大会が毎週末のように首都圏で開催されます。ぜひ南千住エリアで賢く泊まって花火や東京スカイツリータウンを見に来てみませんか !?
● 2017年「東京都内 花火大会一覧」はこちら
● 東京スカイツリーまでの歴史散歩は⇒こちら

“余所者(よそもの)に寛容な街” 東京・下町、浅草山谷
【 私達は五つの旅のスタイルを提案します 】

● 歴史小説や歌舞伎・落語の舞台を巡る “歴史散策”
● お江戸の食文化の味を求め歩く “味覚探訪”
● 限りなく続く街並みを迷い歩く “街並放浪”
● 東京・下町の人情と触れ合う “人情触合”
● チープな旅人Backpackerとの “国際交流”



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別館『えびすや』で7月放送のドラマ撮影! 


ドームホステルえびすや(別館えびすや)の画像!


実は先日、とあるドラマ(7月放送)の撮影が別館えびすやで行われました!
まだ何のドラマかは言えませんが、かつてないほどのビッグニュースです!!!詳しくは放送後にまたお知らせしたいと思います!

ロケーションを控え、撮影日の直前に久しぶりに、えびすやの掃除をした時に写真を撮ってみました(*^□'*)v
慣れ親しんだ木造の、この建物とももうすぐお別れかと思うとなんだか少し寂しい気もします。


建替えのため、解体を間近に控えた別館『えびすや』↓
『別館えびすや』の画像

相部屋7人室(二段ベッドで夜行列車の寝台車のような感じになっている)
『別館えびすや』の画像

7人室の扉を開けるとこんな感じ。左右・上下に階層式のベッドとロッカー!
『別館えびすや』の画像

一人の寝るスペースは畳1枚分(一畳) ベッドの寸法は1,850㎜×880㎜
デジタルTV付とTVなし(実はアナログの自主放送5ch.見れた)の2タイプあった

『別館えびすや』の画像

2階の廊下 建物は外から見ると二階建てだが、実は五層構造になっている
『別館えびすや』の画像

過去にこのブログで紹介した、えびすや7人室に
泊まった宿泊者の画像を探してみました ↓


2013年の画像
この階層式二段ベッドの宿のことを山谷では「ベットハウス」と呼んでいるドームホステルえびすやの客室で
『えびすや』に泊まる外国人は、圧倒的にフランス人とフランス語圏の旅人が多かった。
そのことは過去にUPした「東京“山谷”に泊まる外国人との出会い(Vol.2)」のページに
詳しく紹介した。

2013年の画像
身長を聞いたら198cm(約2m)というので、どんな感じで寝てるのかと撮らせてもらった。7人室に2m近い外国人が寝ると

2013年の画像 さらに背の高いこの方も7人室に泊まりました
本館『ほていや』の玄関扉の高さ(2m)を優に超す巨人 靴底を差し引いても210cm以上か雄に2mを越すお客様

2015年の画像
Web上で発見 !! 7人室(上段)の1畳の小さなスペースに何と大の大人が5人も入り込んで自撮り…
外国人が撮った7人室内の自撮り画像

過去にこのブログで紹介した、映画やテレビドラマの
ロケーションの画像を探してみました ↓


「パンドラⅢ」のロケーションの時の撮影模様
本館『ほていや』前はロケ隊のバスや車両がいきなり連なって縦列駐車 ↓
パンゴラⅢのロケ ①

すぐ近くにあるマンモス(日本堤)交番のおまわりさんが何事かと飛んできた ↓
パンドラⅢのロケ ②

パンドラⅢのロケ ③
↑ ロケ地の別館『えびすや』の建物内外共大勢のスタッフであふれ返っていた ↓
パンドラⅢのロケ ④

この日は撮影のため、泉谷しげるさんと福田麻由子さんが別館『えびすや』に。
福田麻由子さんは300m先にある「旧 田中小学校」にもドラマ『女王の教室』でロケーションに来たことがあり、山谷は何と二度目。
泉谷さんの方はというと、なぜか山谷の街に馴染んでいたので街を歩いていても本人だと気が付かれなかった。
『えびすや』2階の廊下で出番待ちの泉谷しげるさん ↓
パンドラⅢのロケ ⑤

中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」からも取材が『えびすや』に
記者がムービーカメラを持って街を歩いていたら、山谷に泊まりに来た外国人旅行者だと
思われたのか、そこら中で気軽に声を掛けられたと言っていた
中東のテレビ局アルジャリーラの取材 ①
中東のテレビ局アルジャリーラの取材
後日、全世界に別館『えびすや』の7人室を紹介する動画が衛星を通じて配信された。


◎ 「推定有罪」のロケの模様は⇒こちら
◎ 「パンドラⅢ」のロケの模様は⇒こちら
◎ 「Tokyo Eye」のロケの模様は⇒こちら
◎ 「アルジャジーラ」の取材の模様は⇒こちら

◎ 「Tokyo Eye」の動画 ① は⇒こちら
◎ 「Tokyo Eye」の動画 ② は⇒こちら
◎ 「ドキュメント・ナウ」の動画は⇒こちら

【 山谷のベッドハウスのトリビア 】
● 物の本(英文)によると、先代 帰山仁之助がベッドハウス(Bunkhouse)の考案者だと言われている。
● 元々戦争罹災者を安価に、かつ立体的に大勢収容するために考えられた宿泊システムで、昭和24年頃に田中町三丁目(現=日本堤2丁目)に初めてオープンした当時は、たくさんの報道関係者が訪れたと伝えられている。
(焼野原になった終戦後、一般の人たちの多くが壕舎(ごうしゃ)住宅やバラックのような場所で生活していた時代、上野の地下道に住み付いていた浮浪者が真新しい新築の宿に泊まれるということでメディアでも大きな話題になっていたそうだ)
● その最大規模のベッドハウスは、泪橋交差点の近くに現存する「パレスハウス」で、東京五輪の2年前、昭和37年完成、収容人員は開店当時約700名でだった。二番目に大きかったのが南千住2丁目にあった「南泉荘」(約収容500名)だった。
● 現在、山谷地域を歩くと、現存する階層式相部屋の宿になぜか“ベットハウス”と「ト」に濁点の入らない看板が多いことに気付くことだろう。



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